2016年1月1日金曜日

新年あけましておめでとうございます


 夜明けまでにはまだ4時間弱ありますが新しい年、平成28年、西暦2016年が始まりました。

 私はここ10数年来、午前3時~4時は起きていて、音楽を聴きながら好きな本や撮り溜めたビデオ、そして時には文章をしたためるという暮らしをしています。これは日中の勤務を持っていた現役時代も維持してきたスタイルで、聞いてみると意外とこのようなライフスタイルをとる人の多いことに驚かされます。

 この夜中から払暁にかけての時間帯は、私にとっては本当に至福のひと時で、まず好きなブランドのコーヒーを淹れ、ブラックでゆっくりすすりながら今宵の友とすべき音楽を選び、最近入手した高性能のスピーカーシステムにかけて頭を休めます。

 今夜は特別な夜です。大晦日から元日にかけてのこの時間帯は、これも私にとっては恒例となっている朝日放送の番組「朝まで生テレビ」を見ながら、好きなことができるという豪華な夜なのです。いつもの月は月末最終金曜の夜に放映されるのですが、12月だけはここ何年間か大みそかに放映されるようになってきました。

 今、まさにパソコンの向こうにおいた49インチの画面で田原総一郎さんが仕切る激論が展開されています。今宵のテーマは「元旦SP 激論!安倍政治」です。当代名負うての論客をそろえて繰り広げられるディベートは見ごたえがあります。

 過去20年あまりにわたってこの番組は様々なテーマを取り上げてきましたが、不思議なことにテーマの如何を問わず多くの場合、議論はある一点に収斂してきたように思います。そうなると、その一点が人類社会共通の根源的な問題であると思えてきます。

 それは、ほかでもない「自由競争の是非、すなわち保守・新自由主義的政策やその生き方と、社会民主主義的リベラル・国家統制的政策とその生き方」の鬩ぎあいです。これが人類社会のあるべき姿を考えるときの究極の選択なのだろうか。この議論は果てしなく繰りかえされ、その時々の論客の力によってどちらかが優勢になり、その次は覆されるということが延々と続いてきました。そして今なお決着を見ていません。おそらくこの先も決着を見ないであろうと私は思っています。

 切り口をかえてみれば、私はかねてより我が国の観念的な二つの潮流である「大江健三郎的なるもの」と「石原慎太郎的なるもの」の鬩ぎ合いであると考えています。

 おりしもあと10日すればわが街、私たちを育てはぐくんでくれた大津市の市長選挙が始まります。そして1月17日には投票日を迎え、その日のうちにこの先4年間の大津市政の舵取りを託する新市長が誕生します。4人の人が立候補を予定しているといわれ、そのお一人おひとりを上述の「永遠のカテゴリーで解剖」すると大変興味深いことがわかります。

 大津の街づくりをどのような理念と愛情でもって取り組むのかは極めて重大な分岐点です。理念の数直線の左端に「社会民主主義的リベラル・国家統制的政策」を置き、数直線の右端においた「保守・新自由主義的政策」の、どの位置にそれぞれの候補が位置しているのかを考えてみるのは、選択を誤らないための良い方法であると思います。

 世の中では一般にこの数直線上の左端寄りの考え方を「左翼」と呼び、右端寄りの考え方を「右翼」と呼びます。

 私の寄稿はこの後「英語教育問題」、「図書館問題」、「公民館問題」、「幼保一元化、3年保育問題」などを1月9日まで続けていったん終了する予定です。

 夜明けまであと一時間半となりました。平成28年の初日の出は拝めるでしょうか。ブログへのアップは9時ごろになる見込みです。おやすみなさい。



 滋賀県のまち風景、大津市堅田、浮見堂の水鳥です。









5 件のコメント:

  1. 素晴らしい写真で新年の幕開けです。
    次の寄稿をまっています。教委と越市長の問題を見ることで越さんの
    本質が見えてくるとおもいます。しっかり剔抉してください。

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  2. 市長の越さんの本質、それは「まだ子ども」だということだと思っています。
    彼女は、年齢は経ても、「幼い」のです。
    いかがでしょう?

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  3. こどもなら成長していくことが期待できますが、市長さんの場合は未熟ではなくて不塾(こんな言葉があるかどうか自信がありませんが)ではないかと思われる節がいくつも感じられます。決して否定的な、あるいは差別的な意味で言っているのではなく、不塾という個性の一つだと思います。あのメンタルタフネスはお見事の一言に尽きます。私の如き凡人には足下にも及びません。

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  4. 不熟では? 不熟のイチジクは干からびるだけですが、ひょっとしたら漢方薬にでもなる?
    良く言えば天才肌で、越市長ももしかしたら思わぬ薬効があるかもしれませんが、副作用あり過ぎ。

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  5. そうでした、不熟でした。失礼しました。辞書で調べたら本当に不熟という日本語が存在していました。あまりいい意味ではなかったようです。

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